■BIOGRAPHY



VoのOKAWAはミクスチャー系のバンドをやっていたが、SPECIALS、FISHBONE等に影響を
受けRUDE BONESを結成。
初期RUDE BONESは2TONE色の強いサウンドだったがリハーサルを重ねるうちに自然と現在の
サウンドになる。

1994年3月下北沢CLUB251での初ライブ以来、都内を中心に精力的にライブ活動を展開し1995年川崎クラブチッタでのMIGHTY MIGHTY BOSSTONESとの共演で急激に知名度を上げ、SUPER STUPID、COKE HEAD HIPSTARSらと共に「ULTIMATE FAST BEAT」、HUSKING BEE、BACK DROP BOMBらと共に「SOMETHING ELSE」のオムニバスに参加。
10月にはデビュー7inch SINGLE「HEY! WHAT’S THIS NOISE」を発売し
約3週間で1000枚を完売。
12月にリリースした1st ALBUM「REALITY HAS BECOME”SKA”」はLPを合わせると現在でもまだ売れ続けている。


1996年6月、ベースのKIKURINが脱退しCHIBAMATTが加入。
8月にはアメリカのSKAレーベルからも認められ、SKA-CORE/SKA-PUNKオムニバ
「SKANK FOR BRAINS」にSUICIDE MACHINES・・・etcと参加。
そして約1年振りのSINGLE「NO POET」を発売し、それに合わせた東名阪ツアー、
「NO NO NO POET TOUR」も行う。


1997年に入り2ndアルバムのレコーディングに突入。
その間にも海外での初LIVEを敢行。世界で一番大きなSKAレーベル"MOON SKA RECORDS"のSHOWCASEに出演するためN.Y.へ行き、日本からN.Y.へ行った最初のSKAバンドと紹介され過剰な盛り上がりをみせる。
帰国後、アルバムのMIXとMASTERINGを行い、約1年半振りの2nd ALBUM「THERE’LL BE LOTS OF HARD TIMES ALONG THE WAY」を7月に日本で、10月にアメリカで発売。
その後、ギターのDAICHONが脱退。
しばらくはSUPER STUPIDのLOW IQ ICHI氏のヘルプでSUPER RUDE BONESとして活動。
10月にKOIDEが加入し再び本格的に動きだし東名阪ツアー、BAD MANNERSとのツアー等を行う。


1998年2月には、再びアメリカ東海岸へライブ遠征に行き、TOASTERS,SKINNERBOX,SKAVOOBEE・・・etcと7カ所をツアーする。
そして夏にはAIR JAM '98に参加。


1999年、初の全国ツアー"SUITCASE"を約20本を行う。
8月にはCUTTING EDGE移籍第1弾、MAXI SINGLE 「I WAS GIVEN TIME」、
9月に3rd ALBUM「LET'S TALK MORE TODAY」をリリース。
古くから交流のあるJAPANESE HIPHOP、SHAKKAZOMBIEと合同リリースツアー、”CLOUD 9”を敢行。


2000年、夏に約1ヶ月間LAにてNEW ALBUMのRECORDINGを行う。
そのLA滞在期間にMIGHTY MIGHTY BOSSTONESとLIVE共演!
10月にはNEW MAXI "WHERE DID MY STICK GO?"をリリース。
また、11月リリースのオムニバス"SKA STOCK"にはLOAD TANAMOの"COME DOWN"で参加。
さらに11月20日の新宿LOFTから約1ヶ月間 "WHERE DID MY...?" TOURを行う。
12月30日のONE FOUNDATION SPECIALを最後に、ギターのKOIDEが脱退。


2001年初頭には約4年振りにギターのDAICHONが復帰。
1月31日に4th ALBUM "SOMETHING THAT'S ORIGINAL"をリリース。
3月から"SOMETHING THAT'S ORIGINAL"全国ツアー、 渋谷のON AIR EASTのワンマンでは約1,200人のRUDIESが集結。
多彩なゲストも参加し大成功を収める。10月には初のアジア、韓国でのライブも敢行。
11月には新曲を含めたこれまでのRUDEのベスト的な選曲をラジオ形式に仕上げた企画MINI ALBUM "6.RUDE RADIO SHOW"をリリース。
このALBUMはイギリスはJAM DOWN RECORDSから、そして韓国でもリリースされている。


2002年2月、約3ヶ月間にも及ぶ6.rude radio show TOURの締めくくりを渋谷AX、大阪ベイサイドジェニー、名古屋クラブクアトロをワンマンで大成功を収めた後、国内での年内のライブ活動を全て休止。
その後、Vo.OHKAWAは初のソロアルバムHiroaki Ohkawa"Warm & Soft"をリリース。 
6月には世界初のディズニーロックカヴァーオムニバス,"Dive Into Disney"に参加の為、HAKUNA MATATA(LION KING)をレコーディング。
7月にはBEAT CRUSADERSとの初SPLIT CD,DIGGIN'IN THE STREET,BEAT CRUSADERSのカヴァーSAD SONGをレコーディング。
7月中旬からは5th ALBUMのレコーディングを約1ヶ月間行う。
9月18日BEAT CRUSADERS/RUDE BONES SPLIT MAXI SINGLE"DIGGIN'IN THE STREET"をLASTRUMからリリース。
9月20日からは初のイギリスツアーを日本からCAESER SOZEと共に10ヶ所11本ライブを行う。
10月30日、オムニバス「Dive Into Disney」リリース。
12月4日には多彩なゲスト陣を迎えて製作された5th ALBUM「RUDE BONES」をリリース。


2003年1月、ついに国内のライブを広島クラブクアトロ皮切りに全て解禁。 
大阪・名古屋・東京の3ヶ所はBEAT CRUSADERSとのSPLIT TOUR、その後”RUDEBONES TOUR 2003“を行う。
3月下旬から約1ヶ月ちょっとの期間で、イギリス、ドイツ、オーストリア、スイス、イタリア、スペイン、フランスの7ヶ国のヨーロッパツアーを行う。
12月にはギターのディストーションを一切無しで新しいRUDE STYLEを確立したALBUM"RUDE BONES and The DOWN STAIR SESSIONS"をリリース。
堀江ヒロヒサ(ニール&イライザ・key)、及川ヒロシ(Central・per)などこのアルバムに賛同した多くのミュージシャンが参加。


2004年3月、結成当初によくライブをしていた渋谷GIG ANTICで10周年記念ワンマンを行う。
6月、新宿ロフトのライブを最後にHIROSHI BROWN(trombone)が脱退。
その後、SHIO40(tp)を迎え、11月には渋谷クラブクアトロでワンマンを敢行。


2005年5月20日には6th ALBUM "GET MAD NOW"をDIWPHALANXよりリリース。
7月に、"GET MAD NOW"リリースツアーを東名阪、東京はクアトロでワンマン。
12月より、OKAWAのブログの生配信番組をSHIO40と開始(約1年不定期に配信)


2006年1月
、RUDE企画の、”Booze Freak Rudeshow ”
下北沢シェルターで始まる。毎回1バンドをゲストで各月でワンファンと交互に行われる(9月で一時休止)
5月10日、オムニバス「ROCK THE ULTRAMAN」リリース
9月10月、10周年になる”SKAViLL JAPAN'07”に参加、COOL WISE MEN、
Oi-SKALL MATESなどと東名阪、沖縄を回る


2007年1月
、KDDI”ひかりONE”のCM曲で、ボブ・マーリーの「ONE LOVE」をレコーディング
7月7日、新宿LOFTでのライブで、SAXのOKABEとTPのSHIO40が脱退
9月9日のライブ、渋谷Lushより、TBのTojoとSAXのMAT-SUNが加入
10月、7thアルバムのプリプロを開始


2008年








今までに日本ではMIGHTY MIGHTY BOSSTONES、SIREN SIX、GOLD FINGER、BLUE MEANIES、BUCK O NINE、BAD MANNERS、MURPHY'S LAW、VOO DOO GLOW SKULLS、FISHBONE、SPECIALS、SKATALITES、SLACKERS、POKERS、BUSTERS、LONG BEACH DUB ALLSTARS等の来日サポートも行っている。

OKAWAは、2ヶ月に1回"ONE FOUNDATION"というクラブイベントを行っている。